THE ART OF PHYSICAL SENSATION

解説 平出隆 「生きるための椅子」

解説 生きるための椅子
平出 隆

 椅子があれば、そこに腰掛ける。これはごく自然なことのように思えるが、またきわめて人為的なことのようにも思える。腰掛けてどうしようというのか。ひたすら休息を求めてのことならば、椅子ではなく、ベッドであってくれたほうがいいのではないか。
 束の間の休息でよいのだ、というのならば、山歩きの途中で腰掛けるのに、あたりを見渡して手頃な石や岩を探す、あのときの視線の動きが、椅子を探すのとひとしい、ということになるだろうか。
 椅子は悩ましい。休息するといいながら、じつはそこでなにかをはじめてしまうのが人間だからである。お茶を飲む。食事をとる。おしゃべりをする。ものを読む。ものを書く。そこには時間が流れるから、じっと同じような姿勢でことをなすことは、休息ということから、みるみる離れていくばかりである。
 山歩きのときの石や岩ならば、そこから腰を上げ、立ち去ることが、つまりは永遠にその座と訣別することが、さだめということになる。
 だが、自分の椅子を探そうとすることは、その椅子と身を寄せ合うことにしかならない。立ち上がっても立ち上がっても、そこに引き戻されるのが、わが家の椅子、わがオフィスの椅子ということになる。
 これではやはり、椅子とベッドとは似たようなもの、というべきではないか。一方は生きるために必要なことのために用いられ、他方は、小さな死と再生のために、というちがいはあるだろうが。

 小さな小屋のような家をこしらえたときに、それまで住んでいた家具や調度を運び込んでみると、ふしぎなことに、次々とこわれた。こわれるまではいかなくとも、その空間に対して、決定的な齟齬をきたした。テレビがそうだった。食器がそうだった。椅子もまたそうだった。
 物は生きている。あるいは、人間とともに過してきたその物の影が濃ければ濃いほど、あたらしい空間を拒否するかのようにそれはこわれる。あるいは、拒否されたのは物のほうだという見方のほうが自然かもしれない。
あたらしい小屋の中では、そうたやすく、こわれたり拒まれたりして消えたものの代りを、呼び入れることができなかった。
 そこで、私ははじめてのように、フローリングの居間に座卓を置き、座布団を敷いて椅子代りにする生活に入らざるを得なかった。これはまるで、野営だな、と新居で考えたものである。
 疲れて帰り、いっぱい飲りながら夕食をとると、いつかスローモーションのように上半身だけで倒れ、床に寝そべっている。このとき座布団は、枕になったのでもなければベッドになったのでもない。身体はその座から離れないようにしながら、ただ倒れている。私はまるで非常に低い椅子と一体になって倒れている、といったようなありさまだったらしい。
 椅子を買ったとしてもテーブルがない。テーブルを買ったとしても椅子がない。それならば椅子とテーブルを一緒に買えばいいではないか、といわれるだろうが、先立つものがない。いや、この空間に合うものでなければ、すべてこわれるか、拒み、拒まれるかするにちがいない、そう思えた。
 或る日、私は、デザインセンターのようなところで開かれた名作椅子の一大展覧会に出掛けていった。そして会場で片っ端から坐り、坐り、坐りつづけた。
 椅子は楽しい。椅子は美しい。椅子は人間のようにいろいろである。しかし、私にはそれら名作椅子の数々が、山登りの途中の岩や石の類いに感じられたのである。これらと一生を共にすることが、私をうまく変えてくれそうにも思え、また、私をこわしてくれそうにも思えたのである。
 もちろん、気に入ったものもなかったわけではない。だが、名作椅子によって私や私の小屋をこわすわけにはいかない、と思われた。こわれる? この思考はどういう文脈でやってきたのか。おそらく、椅子とベッドと仕事とを、いつからかひとつにつなぐようになった私の、奇妙な思考法が関係しているにちがいない。椅子を観賞するわけにはいかない、なぜなら椅子は、生死にかかわるものだからである、と、大袈裟にいえばそのような考えである。
 たとえば、ロッキングチェアは揺籠に通じる。安楽椅子は安楽死と連なる。
 そうしてみると、椅子は生、ベッドは死という本質を示しながら、椅子とベッドとは深くでつながっている形態とも思えてくるのだった。
 試してみたジョージ・ネルソンのココナッツチェアは、最高の安楽死を想起させたものだが、私は死ぬためでなく仕事をしようとして、この小屋を建てたのだった。リートフェルトの椅子が手に入れば楽しかろうが、彼のジグザグチェアなら、私はそれを机にしたくなりそうである。
 私の仕事は若い頃から、締切との戦いになっていた。締切とは、書くことに対して与えられる架空の死期である。そこまでしか生きることをしてはいけない。一方で、毎日の就眠が小さな死として訪れる。
締切と就眠と、二つの死が重なり合って、私なら私の、書くという仕事に襲いかかってくるのである。言葉を生きようとする力が極致に達したとき、締切や睡魔に打ち克つこともある。だが、それは瞬間の幻のようなものらしい。いずれにしても書くことは完成という名の中断を与えられ、書いていた者は死んだように眠りに就くのである。
 それまでの戦いの場所こそ、椅子とベッドとがたがいを浸食しあうような領域である。そんなとき、私は机についたまま、椅子で眠る。ベッドで横になって眠ることが、書くことの放棄となるようなときである。横たわること、それは死を意味する。締切と戦いながら椅子で眠ろうとすることは、小さな死を受け入れつつ、なお倒れないでいることである。私は椅子を、そのままでベッドに変えながら、仕事の窮地を乗り切ってきたのだといえるだろう。そのような時代の私の椅子は、背凭れが防御壁のようになっていて、ときに背中のほうをも壁に変えるような構造をしていた。

 こんなにも椅子の種類が多いのは、生の局面の多様さを示すものだろう。また、ベッドのもつ本質的な単一性は、死というものが個々人を呑み込む、その類的な連続性を示しているように思えてならない。
ともあれ、私には、生きるための椅子が必要だった。
 そんなとき、なにかの雑誌で出会ったのが矢田部さんの椅子だった。これは名作椅子の数々に並びうる美しさをもっているが、どうも発想がちがうようだ、と私は感じた。あるいは発想するところから発想の形質そのものがちがう、と思われた。どうしても面白がって椅子選びをするわけにはいかない境遇にあった私は、ようやく自分の生に合ったものに出会えたように思えたのである。
 微妙にちがう妻の仕事と私の仕事のために、まずは身体の採寸からはじまって二脚を注文した。と同時に、できたばかりの小屋の中での座卓の時代を廃棄するために、椅子をつくるはずの人に対して、テーブルをつくることをもお願いしたのだった。椅子は椅子だけでは椅子ではない。

 椅子は生、ベッドは死というような考えかたをなんとかくつがえしたいという私の長年のひそかな野心に対して、矢田部さんの椅子は簡素に、また率直に、だからこそ少しく優美に協力してくれるように思える。現在、わが家には少しずつふえて五脚があり、それぞれに彼の細心の工夫が込められている。
よい椅子の本質は、生きるための椅子というところにあると思うのだが、矢田部さんの椅子の特質は、その生きるということの中に、私たちを超えた死というものを柔らかく取り入れる、そんな研究と工夫を生かしていることだ。
 「上虚下実」ということばは矢田部さんから教えられた。「上半身はリラックスし、下半身は充実している」そんな姿勢のことだという。座面と背もたれのあいだは腰を十分後ろに引けるだけの空間がなければいけない。背もたれに背中をぴったりと馴染ませる。すると、そこから上の部位は軽やかになる。体操選手として身体を極限まであやつろうとしたことのある、その経験が椅子づくりにも生きているようで、なるほどと思う。
 この「上」と「下」、「虚」と「実」の関係をさらに愚考するならば、「実」とはいうまでもなく「生」であり、その場合の「虚」には、うまく統御された「死」が取り入れられ、生かされているようにも考えられるのである。つまりこれは、身体のことだけを指すのではなく、私たちの生活にもあてはまるのではないか。

 矢田部さんには眉をひそめられるかもしれないが、じつをいうと私は、ベッドを椅子に変える構想を展開していて、うとうとと眠りながららくらく原稿を仕上げられるような仕掛けを研究し、準備してきた。仰臥して大仕事をやってのけた正岡子規や、寝そべって詩を書いた田村隆一への敬意からかもしれない。
 そして、最近、ノートパソコンをベッドでつかうための画期的な道具を手に入れた。と思ったら、キーボード操作を重ねると、横たわっていて楽なはずの姿勢が、少しも楽ではなく、横になったまま固りがちとなってしまう。よくない椅子で起る、腰の深いところの筋肉の異状に見舞われかねないのではないか、と思われている。
ここから逆に、あるべき椅子の研究がはじまるのではないか、とも思われる。
 だが、いずれにしても、ベッドと椅子、死と生とは、そう簡単に入れ替えようとするものではないのだろう。